プロジェクトについて

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  • 里の駅の歴史

プロジェクトについて

京都市内中心部から車で約1時間。
右京区京北地域のなかでも最も山奥にある黒田地区。
都会育ちの平凡な一家が、郵便局として使われていた築150年の古民家で
暮らし始めようとしています。

地域で作られた食べ物を食べ、
地域を流れる川の水を使い、
地域にある木を燃やして暖をとり、
自然とともに暮らしたい。

田舎暮らしの大変な部分も含め、移住者としての視点と黒田住人としての視点から
「ありのままの黒田暮らし」を発信していきます。

そして、黒田と他の地域を結ぶ窓口として親しまれてきた建物に
再びあちこちから人や物が集まって、人と人、人と物を繋ぐ拠点をつくります。

黒田を元気にすること。
黒田暮らしの仲間を増やすこと。
黒田産の美味しいものや、黒田暮らしの知恵を伝えること。

そのためにはどんなことができるだろう?
地域内外の老若男女を巻き込んで、あれこれ相談しながら、「里の駅」と呼ばれるのに相応しい施設になるよう力を合わせていきたいです。

プロジェクトは動き始めたばかりです。

黒田のことを知りたい!黒田のものを食べたい!黒田で遊びたい!
ワークショップに参加したい!黒田で何かを始めたい!黒田に住んでみたい!
などなど…

黒田を元気にする仲間をいつでもお待ちしています。

里の駅リンクサイト

里の駅の歴史

この建物が何年に建てられたのか、現在のところ分かりません。
全て地域の人々からの伝聞ではありますが、分かっていることはできる限り残して、伝えていきたいと思います。

明治時代には「菊屋」という造り酒屋だったそうです。
裏の山からは今でもきれいな湧水が流れており、その水と地元のお米使ってお酒を作っていたのだろうと想像できます。

そして、昭和の中ごろまでは黒田郵便局として使われていました。

黒田の人々は、この建物へ郵便物を持って差し出しに来たり、電話をかけに来ていました。
その頃は各家庭に電話はなく、郵便局が電話交換の役目を果たしていたからです。

地域の方からは、「この家によく遊びにきていた」「若い頃郵便局で働いていた」等、思い出話を聞かせて下さいます。
黒田住人にとって、この建物は足を踏み入れたことがないと言ってもいいくらい馴染みのある場所であり、
訪れた人は口を揃えて「懐かしい」と仰います。

昭和の中期には黒田郵便局が移転し、この家に住む人が減ってゆき、そして10年以上空き家状態にありました。
それでもしっかりとこの家は建っていました。
梁や柱の太さから、いかに丈夫に建てられていたかが分かります。

裏山からの湧水があるにも関わらず、地盤は固く乾いており、現代のような重機がない時代に、
土を踏み固めるだけでもどれほどの苦労があったか、図り知れません。
湿気の多い地に土を盛り、人力で踏み固めるために、若者を集めて踊らせたという話も聞きました。

2016年2月、黒田にある唯一の商店「おーらい黒田屋」の主催で、この家で移住希望者向けの交流会が行われました。
そこへオーナーが参加したことがきっかけとなり、京北くろだ里の駅プロジェクトが立ちあげられました。

  1. 地域活性化
  2. 移住・定住の促進
  3. 田舎暮らしや日本の食文化に関する知恵の伝承
    という3つの目的を掲げ、2017年秋の開業を目指して活動しています。

2016年度
第三回京都市「空き家×まちづくり」モデル・プロジェクト採択事業
京都府地域力再生プロジェクト移住促進プログラム採択事業